総務省のSIMロック解除義務付けは殆ど意味が無い理由

各携帯キャリアのSIMロック解除義務付けに関して総務省が正式に決定しましたが、これは市場を見る限り自らの首を絞めるだけの施策なのではないでしょうか。

SIMロック解除義務化の目的

そもそもSIMロック解除義務化の目的というのが、事業者間のユーザーの乗り換えをのハードルを下げ、業者間の競争を促進させるというもの。携帯会社を乗り換えると今まで使ってきた「高価な端末」が使えなくなるため、SIMロック解除を義務付けて前の携帯会社で使っていた端末をそのまま次の携帯会社でも使えるようにする、という事らしいです。しかし、この主張は矛盾を抱えているのではないかと思ったので解説します。

新しい端末を買わない方がむしろ損

ドコモ・au・SoftBankで新規契約する際に端末無しの「SIMカードのみ」で契約した事のある方は殆ど居ないと思います。なぜならば、現状の販売方法では24ヶ月使う事を前提にした場合、回線と一緒に端末を買っても、回線だけ契約しても、端末は「実質0円」のため総額は変わらないからです。現状の大手携帯キャリアは24ヶ月間月額の料金を割り引く事で、24ヶ月の分割払いにした端末代を相殺する販売形態を取っています。

MNPによる乗り換え新規契約の場合は更にこれに上乗せする形で、本来24ヶ月分割で払うはずの本体代を「一括0円」で販売したり、それに更に「キャッシュバック」が乗せられている事も珍しくありません。

この状態でも本当に今まで使ってきた「高価な端末」を引き続き使い続ける事がお得なのでしょうか。

SIMロック解除して乗り換えると14万円以上も損する

モデルケースとして、今SoftBankのiPhone 5を利用していて、ドコモに乗り換えたいとします。

まず、総務省の主張するSIMロック解除して今まで使ってきた機種を使い続けるパターン。SIMロック解除してMNPでドコモの「SIMカードだけ」契約し、旧機種のiPhone 5をそのままドコモで使う事になり、料金も満額払う事になります。機種と料金は以下の通り。

機種:iPhone 5(旧機種)
月額:7,020円(基本料+ISP+パケット定額2GB)

続いて、現状の一般的な市場で普通にMNPで乗り換え、iPhone 5sを買った場合。携帯ショップで「MNP一括0円」でiPhone 5sが安売りされているのを見かけてMNPし、旧機種のiPhone 5は使わず新機種のiPhone 5sを買った場合。一括で購入しているので、本体代にかかる月々サポートがそのまま月額から引かれます。その額なんと3,024円×24ヶ月。合計72,576円です。

機種:iPhone 5s(新機種・72,576万円)
月額:3,996円(基本料+ISP+パケット定額2GB−月々サポート)

つまりSIMロック解除を施して素直にSIMだけMNP契約して使うより、乗り換えに伴いセールの恩恵を受けて新機種を貰った方が2年間で本体代72,576円、月額割引の72,576円、2つの合計で14万円分以上も得をします

また過度なMNP優待が無くなったとしても、SIMロック解除して乗り換えるより新機種を買った方がお得です。仮にMNP一括0円が無くて定価の72,576円を分割で買ったとしても、支払う月額は同じで使う機種は最新のiPhone 5sなのでその本体代72,576円分得をします

キャリアが2年間の料金から本体代を丸ごと割り引いてこのような販売形態が続く限りは、SIMロック解除がMNO間の乗り換えを促進する事には絶対になり得ません。

ドコモの優位は消え去り、iPhoneが3キャリアに行き渡ってしまった

かつては「ドコモの方が通信品質が良い」「SoftBankにしかiPhoneがない」という2つの理由からiPhoneをSIMロック解除したり、SIMフリーのiPhoneを輸入してドコモで使う事に強いニーズがありましたが、各社のLTE導入を境に3キャリアのデータ通信の品質競争はリセットされドコモの優位性が無くなり、auに続きドコモもiPhoneを導入してしまったことから、今となってはそのどちらの理由もほぼ無くなってしまいました。(もちろん今でもドコモの幅広いFOMAの音声通話網を理由にドコモを利用するユーザーも少なくはありませんが、LTEデータ通信においてはむしろ他社に劣っているエリアも多く、スマートフォンにおけるキャリア選択で「ドコモ」というのが間違いない決定打ではなくなってしまったのも事実です。)

つまり今の時代、どうしても他社に乗り換えて持って行きたいほどの機種が存在しなくなったわけです。今の機種を使い続けるより、乗り換え先のキャリアで新機種を手に入れた方が、ほとんどの場合快適です。

SIMロック解除しても、通信方式に互換性がない

SIMロック解除に関する技術的な側面の問題がこれです。

現在音声通話に関してはドコモとSoftBankがW-CDMA、auがCDMA2000を利用しており、LTEで通話するVoLTEに関してはドコモ一社が導入したばかりです。つまりドコモやSoftBankの機種をSIMロック解除しても、auでは通話ができません。逆にauのLTEスマートフォンはローミング用にW-CDMAを搭載していたりするので、以前紹介した非公式SIMロック解除が可能なisai LGL22などではドコモ・SoftBankで問題無く使える場合もあります。

また、通話が全く必要無いという場合でもLTEの周波数(バンド)の問題で使えるエリアが極端に狭くなってしまう場合があります。現在3社共に2100MHzのBand 1は共通して展開しており、ドコモの東名阪限定で展開している1700MHz帯のBand 3とソフトバンクグループのY!mobile(旧イーモバイル)の1700MHz帯のBand 3は互換性がありますが、それ以外に関してはバラバラです。特にauに関しては独自の800MHz帯を主力に展開しているため、他社の機種を持ち込んでも非常に狭いエリアでしか利用できない状態です。

以前ドコモのXperia Z1 fをSIMロック解除してauで使う記事を投稿しましたが、auが展開する800MHz・1500MHz・2100MHzの3つの帯域のうち2100MHz(Band 1)のLTEでしか利用できないためエリアが狭く、CDMA2000に対応していないため通話も不可能な状態でした。

余談、最近の情報としてはWiMAX 2+対応のauのGALAXY S5 SCL23をSIMロック解除してSoftBankのSIMを入れると、WiMAX 2+と同じTD-LTEのBand 41で展開されているAXGP規格のSoftBank 4Gに繋がるなんていう話もあるので、auとSoftBankが公式にSIMロック解除サービスを提供し始めたら面白い事になる可能性もあります。

MVNOと中古市場には嬉しい話

大手携帯キャリア三社は「MNP優待」「2年間の利用料金から本体代割引」という販売形態のためSIMロック解除の恩恵が薄い点がありますが、自前で端末を販売せず、SIMカードのみを提供するいわゆる「格安SIM」のMVNO各社にとってはSIMロック解除の義務化はメリットがありそうです。

現状au回線を利用するmineo以外のMVNOは全てドコモの回線を利用して提供されているという事で、中古のドコモの端末をSIMロック解除せずに格安SIMでそのまま利用できる形となっています。SIMロック解除が義務化されるとauやSoftBankを解約して移ってくるユーザー新規に端末を購入する事なく、慣れ親しんだ今までの端末をそのままSIMロック解除してドコモ回線の格安SIMで利用できるようになります。

先日So-netから月額880円で月間1.1GB通信できるSIMが発売されましたが、SIMロック解除が義務化された場合全てのキャリアのユーザーが新規に端末を購入する事なく、こういった格安のSIMカードに乗り換える事ができるようになります。今回の総務省のSIMロック解除義務化はMNO間での乗り換え促進には殆ど効果が無さそうですが、MNO大手三社からMVNOへの乗り換え促進には一定の効果が見られるかもしれません。

また、現状では中古市場に流れているauやSoftBankのiPhone 4s以前の古いiPhoneはSIMカードを入れた使い道が殆ど無い状態ですが、SIMロック解除が出来るようになった場合iPhoneの旧機種はMVNOとの組み合わせで大流行する可能性があります。地味にFOMAプラスエリアにも対応していたiPhone 4s以降のiPhoneは3キャリア全ての電波に対応したアンテナを搭載しているため、先述した電波の互換性の問題が無く、また他の同時期の機種と比べると数年の型落ちでも利用しやすい傾向にあり、SIMロック解除に対応した場合中古市場が活性化する可能性は高いのではないでしょうか。

SIMロック解除義務化はMNO業者間の競争促進には無力だが、ユーザーの恩恵はある

使い古した既存の機種を使い続けずとも最新機種が実質0円で提供される日本のケータイキャリアの売り方が続く限りはSIMロック解除はMNO業者間の競争促進に対しては全く無力です。そのため、総務省の「本来の目的」に関しては全く達成できないのではないかと思います。しかし、MVNOの提供する「格安SIM」への乗り換えを促進させるハードルの取払いとしては有力であり、MNO同士の競争というよりかはMVNOとMNOの競争促進になる施策なのではないでしょうか。

もちろん、SIMロック解除が可能になる事によって長期の海外旅行などが多いユーザーは日本で使っているスマートフォンをSIMロック解除して海外でそのまま使えるというメリットはあるので、少数派ながらそういったユーザーも恩恵を受けられるようになるのは嬉しいところです。

今回のSIMロック解除義務化で怖いのは、総務省によりユーザーを他社に逃がす施策が施される事によってキャリアがユーザーを自社に縛り付けることで維持してきた低価格が崩壊し、ユーザーの負担が増え、乗り換えを促進させるどころか逆に停滞させてしまう事なのではないでしょうか。現状キャリアが大部分を負担している高価格なスマートフォンの本体代ですが、ユーザー側の負担が増えた場合、今のようなペースで買い替えるユーザーは大幅に減る事は間違いないでしょう。

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キリカ

ガジェットショットを作った人。本業はUI/UXデザイナー。趣味は理想のデスク環境作り、愛車「エリーゼ」「ジュリエッタ」でのドライブ、車旅を動画・写真に残す事。